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朝日新聞デジタル:(いま伝えたい)奪われた故郷の証し 息子遊んだ砂浜も - 社会


■「千人の声」その後 取材後記:12



 【中川文如】「不思議ね。海が恋しくなってきちゃったのよ」



 岩手県陸前高田市の山口京子さん(79)は、そう言って数秒の間、目をつぶった。山あいの仮設住宅で、夫の蔦吉(つたきち)さん(84)と暮らす。1年前も今回も、その仮住まいのこたつを囲んで2人に話をうかがった。



 1年前、2人はあの日を振り返りながら「海は怖い」と繰り返した。激しい揺れの後、海から黒い煙が上がったこと。「街は全滅だ」と直感し、高台へ高台へと車を走らせた後、はうように山を登ったこと。50年以上の付き合いがある友人数人を亡くしたこと。



 「でもね」と京子さん。津波に流された自宅は、2階の窓から太平洋を一望できた。朝起きると、窓を開け、両手を広げて「はぁーっ」と深呼吸するのが日課だった。生まれも育ちも陸前高田。「のど元過ぎれば、なのかもしれないけどね。海を見ないと一日が始まらない気がするの」



 高台で半壊した親戚宅を修理中で、5月には仮設を出られる予定だ。「今度の家も見晴らしはいいんだが、海が遠くてな……」。京子さんのため息に、蔦吉さんがため息を重ねた。津波にのまれた街の跡を、たまに車で通り過ぎる。「奇跡の一本松」は昨年9月にいったん切り落とされた。年がかわり、旧市役所庁舎と市民会館の解体が始まった。100人以上が命を落としたとされる建物の周囲を重機がうごめく様に「故郷のあった証しのようなものが、すべて、なくなっていく気がする」。



 市は海岸線に高さ12・5メートルの防潮堤を造る計画だ。蔦吉さんは1933年の昭和三陸津波、60年のチリ地震津波も経験している。「どんなに高い防潮堤をこしらえても、それより大きな津波が来る確率はゼロにはならない。12・5メートルの『壁』で視界を遮られるのは、寂しいね」



 1年前に引き続いて移動時にお世話になったタクシー運転手の水野聖史さん(51)は、海沿いの国道45号を走りながら「あれから2年。どこに何があったのか、もうわからなくなってきました」と嘆いた。


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